大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和26年(う)1687号 判決

控訴人 原審検察官 片岡猷一

被告人 林昭人 波多野正憲 弁護人 有富小一 後藤義隆

検察官 宮井親造関与

主文

各原判決を破棄する。

本件を原裁判所に差し戻す。

理由

被告人林昭人の弁護人有富小一、被告人波多野正憲の弁護人後藤義隆及び被告人両名に対する検察官宮井親造の各控訴趣意は、記録に編綴されている同弁護人等及び原審検察官片岡猷一名義の各控訴趣意書記載のとおりであるからいずれもこれを引用する。

検察官の控訴趣意第一点について。

原判決が、被告人林昭人に対する訴因のうち、同被告人が新聞平和のこえ二部を配布した所為を、日本共産党の機関紙アカハタの後継紙である新聞平和のこえを発行して日本共産党の機関紙アカハタ及びその後継紙並びに同類紙の発行を無期限に停止した昭和二十五年六月二十六日附及び同年七月十八日附連合国最高司令官の指令に違反して、連合国占領軍の占領目的に有害な行為をしたものとして有罪の認定をしたが、同被告人が、右新聞平和のこえを多数人に頒布する目的で八十七部を自宅等に保管所持していたことにつき、それは頒布という一種の発行行為の予備的段階に過ぎないのでこれを発行と解することは適当でないから罪とならないものとしたことは所論のとおりである。

案ずるに、日本共産党の機関紙アカハタ及びその後継紙並びに同類紙の発行を無期限に停止することを指令した昭和二十五年(一九五〇)六月二十六日附及び同年七月十八日附吉田内閣総理大臣宛連合国最高司令官の書簡は、共産主義が公共の報道機関を利用して破壊的暴力的綱領を宣伝し、無責任、不法の少数分子をせん動して法に背き秩序を乱して、公共の福祉を損わしめる危険が時恰も朝鮮動乱の勃発とともに愈々明白となつたので、虚偽、せん動的、破壊的な共産主義者の宣伝の播布を阻止する目的のため、日本共産党の機関紙アカハタ及び後継紙並びに同類紙の発行に対する停刊措置を無期限に継続すべきことを指令したものであるから、右指令にいわゆる「発行」とは、一般人に普及するためにする一切の行為を包含するものと解するのを相当とし、それが一般人に普及するためになされたものであれば、編しう、印刷、頒布、販売の行為は勿論、頒布のための所持、運搬等いかなる段階に在ろうとも、その為された個々の行為を包含した全行為形態が右の「発行」にあたるものといわねばならない。

ところで、被告人に対する起訴状記載の訴因の要旨は、被告人は日本共産党の機関紙アカハタの後継紙である新聞平和のこえ百四部を東京都内の秘密発行所等から自宅に送付をうけ、そのうち二部を永田繁勝に頒布し、八十七部を多数人に頒布する目的で自宅に保管所持していたというのであるから、その事実が証拠によつて証明されるならば、その頒布及び所持の各所為は包括して前記指令にいわゆる一の「発行」をしたことになり、前掲書簡による連合国最高司令官の指令の趣旨に違反した占領目的違反の行為からなる罪を犯した者として処断しなければならないのにかかわらず原判決が右被告人が多数人に頒布する目的を以て前記新聞平和のこえ八十七部を自宅に所持していたことを「発行」に当らないものとしたのは、前段説明したところによつて、指令の趣旨を誤解して法令の適用を誤つたものというの外なく、しかも、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから被告人林昭人に対する原判決は刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十条に則り破棄を免かれない。論旨は理由がある。

被告人波多野正憲の弁護人後藤義隆の控訴趣意第一点について。

記録を調べると、原判決のあげている証拠の標目中に、(4) 検察事務官佐藤孝明作成にかかる阿南都元の第一回供述調書、(8) 緒方愛弘作成の上申書(検第十二号)の摘示があること、原審第一回公判期日において、検察官が右二個の証拠を他の証拠とともに取調を請求したのに対し、被告人及び弁護人は、右二個の証拠をいずれも証拠とすることに同意しなかつたので、検察官はその供述者の阿南都元、上申書の作成者の緒方愛弘を証人として取調を請求した結果第二回公判期日に右両名が証人として尋問されていること、及び同公判期日において検察官は、右両証人の供述の証明力を争うために、前記阿南都元の検察事務官に対する第一回供述調書及び緒方愛弘の上申書を刑事訴訟法第三百二十八条により取調を請求し、被告人並びに弁護人に異議がなかつたために、これについて証拠調が行われていること、まことに所論のとおりである。

案ずるに、刑事訴訟法第三百二十八条にいわゆる「供述の証明力を争う」というのは、証人の公判廷外における供述の真実性を証明するためではなく、その証人が同一事項について、公判廷においてした供述と矛盾する供述を、公判廷外においてしたという事実を証明することによつて、証人の公判廷における供述が措信し難いものであることを立証する単なる証人の信憑性の彈劾にすぎないのであるから同条の規定によつて、公判期日における証人のした供述の証明力を争うためにのみ証拠とされたものを以て直接に、公訴犯罪事実の存否認定の資料に供し得ないものであることは、いうまでもないところである。

すると、原判決が検察官において公判期日に取り調べた証人阿南都元同緒方愛弘の供述の証明力を争うための証拠として提出した前記検察事務官に対する阿南都元の第一回供述調書、緒方愛弘の上申書を、原判決理由の証拠の標目中に掲げてこれを原判示犯罪事実認定の資料に供しているのは、前段説明したところにより採証の法則に違背して法令の適用を誤つた違法があるものといわねばならぬ。尤も、右検察事務官作成の阿南都元の第一回供述調書が若し検察官において、刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段にあたる証拠能力ありとして同法第三百条によつて公訴犯罪事実の証明のために、その証拠調を請求したものであれば被告人及び弁護人の同意がなくとも裁判所で右供述調書が刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段に該当するものと認める以上、これを公訴犯罪事実の認定の証拠に供し得ること勿論であるから、裁判所は本件のような場合には、よろしく検察官の立証の趣旨を釈明すべきであるのにかかわらず、原審がこれをしないでただ供述の証明力を争うためにのみ取調をした証拠を以て漫然公訴犯罪事実の認定の資料に供したのは、前記のとおり法令の適用を誤つた違法があるものというの外ない。そして、その誤が原判決に影響を及ぼすことは、記録を精査すると極めて明白であるから被告人波多野正憲に対する原判決も、この点において刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十条に則り破棄を免かれない。

論旨は理由がある。

よつて、各被告人に対する検察官及び弁護人後藤義隆のその余の論旨弁護人有富小一の控訴趣意に対する説明を省略して、刑事訴訟法第四百条本文に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石亀 裁判官 後藤師郎 裁判官 大曲壯次郎)

検察官の控訴趣意

一、原審は判決理由中に「頒布目的の所持は頒布という一種の発行行為の予備的段階に過ぎないので之を発行と解するのは適当でないから罪とならない」と認定したが、右論旨は左の理由により明らかに法律を誤解し法令の適用を誤れるものであつて承服し難い。即ち判示理由によれば「所持はその部数(被告人方及び日本共産党大分県地区委員会に於ける搜策差押調書中、平和のこえ八十七部押収した旨の記載)に照して頒布の目的であること」は認めながらこれが発行行為ではないと断定しているが、一九五〇年六月二十六日附連合国最高司令官のアカハタ発行停止に関する総理大臣宛書簡等に所謂「発行」についての総司令部法務当局の有権的解釈によれば「一般人に普及するためにする一切の行為を包含する。従つて一般人に普及するために編輯、印刷、頒布、販売、運搬等の個々行為をすれば、凡ての右の発行をした事になる」と常に広く解している。発行行為の形態として編輯、印刷、頒分、販売、運搬等を例示的にあげているが之等の行為のみに限局したものではない。蓋し連合国最高司令官の指令の趣旨が一般に普及されることの禁止であつてその為には前述各行為以外、予想される末端被頒布者に到る迄の行為を対象外に於ては指令の目的は到底達せられないからである。

なお、この点に関する最高検、法務府の見解では「頒布目的の所持保管は頒布行為の一段階乃至一内容であり発行行為と解する」となしてをり、前記覚書の趣旨から判断しても右解釈正当なりと思料され原判決は破棄を免れない。

弁護人後藤義隆の控訴趣意

第一点原判決は訴訟手続に法令違反がある。即ち原判決が証拠として掲げている(4) 検察事務官佐藤孝明作成に係る阿南都元の第一回供述調書、(8) 緒方愛弘作成の上申書(検第十二号)の二点は被告人及び主任弁護人が証拠とすることに同意しなかつたものを、検察官が証人阿南都元、同緒方愛弘の供述の証明力を争う為めに刑事訴訟法第三百二十八条によつて取調を請求したものであること、第一・二回公判調書により明かである。よつて原判決は証拠の証明力を争うために提出された証拠を以て罪となるべき事実を認定した不法があるのであつて、此の訴訟手続の違反は判決に影響を及ぼすこと明かであるから原判決は破棄を免れない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例